鎌倉玉縄 三角の家

手作りの上棟飾りを屋根裏に納めました。

今日は大安バレンタイン!モデルハウス兼自宅の建築で

日ごろお世話になっている職人さん方に妻と娘から

プレゼントを渡しに三角の家に行き、日取りもいいので

手作りの上棟飾りを屋根裏に納めてきました。

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三角の家では地鎮祭と上棟式は行わず竣工式だけを

行う予定なので、上棟時にお飾りは準備していません

でした。

ただ、三角の家で私たちが安全に楽しく生活していく

のを一番高いところから見守ってもらおうと、弊串に

使う垂木を大工さんに加工してもらい、三、五、七の

線も墨で娘と塗りお飾りを作りました。

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三角の家の屋根裏は、ほとんどが収納のスペースに

なっていて、上棟飾りを柱に縦に結ぶことができま

せん。尚且つ省エネ等級4の高断熱でエコポイント

仕様にしているため、屋根裏は断熱材がぎっしり詰

まってますが、遮熱シートとの間にお飾りを横にし

て納めることにしました。

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関西では弊串(ヘイグシ)に「おかめ」の面を付け

るのが一般的らしいのです。呼び名も、「おかめ御

幣(ごへい)」と言い。その由来は、京都市上京区

にある千本釈迦堂にあります。千本釈迦堂には「お

かめ」にまつわる、こんなエピソードがあります。

千本釈迦堂の本道は鎌倉時代の1227年に建てられま

した。その本堂建立をまかされていた大工の棟梁が

間違って柱を短く切ってしまいます。

どうしたらよいかと途方にくれていたところを、他

の柱も短く切り、斗組(ますぐみ)をすればどうかと

妻・於亀(おかめ)の助言でことなきを得て見事立

派な本堂が完成しました。しかし、女の入れ知恵で

完成したといわれては主人の恥とばかり、完成を前

にして於亀は自害して果てます。人々は於亀の女心

のいじらしさを憐れみ、おかめ供養塔供養塔を本堂

の前に立てました。それから後、室町時代の応仁の

乱は京都を戦場に11年間も続き、ほぼ京都の街全

体が壊滅状態になってしまいました。しかし、千本

釈迦堂の本堂だけは奇跡的に残りました。応仁の乱

以後も、大永の乱、享保の大火でもその戦禍、災難

を免れ、市内の寺院としては最も古い本堂となって

いるそうです。このため京都では「おかめ」が主を

陰で支える家の守り神として上棟の際に小屋裏に収

めるようになったと。

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上棟日の1週間後に産まれた息子も一緒に4人で

祈願してきました。


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